豊かな機械
10日ほど前にMTB(マウンテンバイク)を買った。二人暮しなのに自転車は4台になり、さらにその3日後には妻用のMTBをもう1台買ったので、合計5台になった。

僕はこれまで変速ギアのある自転車に乗ったことがなかった。MTBは21段もある。自転車フリークの人達にしてみれば、僕のMTBはシティサイクルに毛が生えた程度の車種だろう。でも、購入した翌日に足慣らしで鎌倉まで行き、本屋で自転車専門誌を買い込み、しげしげと自転車を眺め観察するうちに、少しずつ僕は自転車に詳しくなってきた。

先月号でサーフィンのことを書いたが、サーフィンが道具にほとんどこだわらずに楽しむスポーツであるのに対して、自転車はネジの1本までとことんこだわる点で対照的だ。基本的には車体の軽量化が最大目標で、そのためにアルミは当然として、チタン、カーボン、ジュラルミン、ケブラーといった軽くて強い新素材が使われる。MTBではライディングを向上させるさまざまなサスペンションが開発されている。ロードでは引き足でこぐために、底が特殊な専用シューズでペダルにアタッチメントできるシステムになっている。

自転車の改造はオリジナリティも重要なテーマだ。そのためには、機能や素材もさることながら、カラーリングも重要な要素になる。そしてその要求に十二分に応える、実にさまざまなイクイップメントが揃っている。望むなら特注や自作もOKだ。

しかし、いくら手をかけ金をかけた自転車であっても、それをこぐのは人の力だ。脚力はもちろん、握力、腕力、腹筋、背筋、そして心肺能力を高め、さらに運転のテクニックを磨くことで自転車の能力が引き出される。登りは苦しい。下りは怖い。こけると痛い。ロードは疲れる。単純でいて明快だ。

前と後ろに子供を乗せたママチャリが行く。補助輪を付けた仮面ライダー号が行く。セーラームーンR号も行く。娘は自転車で学校に急ぐ。下の息子はBMXでウイリーを決め、バニーホップの特訓中。上の息子はランドナーで宗谷岬を目指す。おやじは競輪が大好きだ。

シティライダーはコンビニに雑誌を買いに出かけ、ツールは400km地点に到達した。ダウンヒルラーが土煙を上げて猛烈な勢いで駆け降り、クロカニアンのMTBは泥沼にはまる。トライアスリートはトランジットで特注のバイクに飛び乗ったところ。勝負はこれからだ。

自転車は豊かだ。自転車はまさしく文化だ。この文を書いて、子供の頃、近くの神社の境内で父に自転車の乗り方を習ったことを思い出した。あのころから僕は右回りが苦手なまま。あれからどれくらいペダルを踏んだか知らない。

  "WHEELS FOR THE MIND"

これは、Macintoshのコンセプトを示す1つの言葉である。WHEELSとは自転車のことだ。Macが誕生して10年が経った。「知的自転車」って言葉はなんだか好かないけど、Macも僕らを豊かにしてくれると信じている。そのために発明された機械なのだから。


ASCII MacPower 1994.5月号掲載
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