昆虫と気象

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奇妙な菌類―ミクロ世界の生存戦略 (NHK出版新書 484) 新書 - 2016/4/11 白水 貴  (著)

わたしが勝手に師匠と思っているU山さんに教えてもらった、ハエを襲うカビの記事で書いた、白水貴さんの著作「奇妙な菌類―ミクロ世界の生存戦略」を読んでみました。

冬虫夏草や粘菌はおもしろい。あと、寄生した昆虫の行動までも変えてしまう菌の話は不思議で恐ろしい。

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そんなある日、また師匠に教えてもらった、バッタ専門に寄生する菌に冒されて死んだショウリョウバッタ。普通生きているバッタは茎や葉の上に脚を置いて留まることはあっても、このようにしっかりと抱え込んでしまうことはないし、留まった状態で羽を広げたままにすることもない。胴体はペチャンコにへこんでいる。甲虫に寄生するボーベリア菌もだが、これらに寄生されて死んだ昆虫はカラカラに乾きミイラのようになって長期間元の形を留めているそうだ。

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これは「エントモファガ・グリリ (entomophaga grylli)菌」というものによるらしい。
森林総合研究所九州支所 定期刊行物 九州の森と林業 昆虫を殺す菌類たち

「エントモファガ・グリリ」で検索すると出てくる記事は、どれも特定の記事をコピーしたように見える。その一つに出典が書かれたものがあって、それは「教えてゲッチョ先生! 昆虫の?が!になる本(盛口満:著 山と渓谷社)」とあったので、図書館でチェック。

教えてゲッチョ先生!昆虫の?が!になる本 (Outdoor 21 Books) 単行本 - 2002/2/1 盛口 満  (著)

すると、著者が謎の死をとげているバッタについて解答を得たのは「昆虫と気象 (気象ブックス)(桐谷圭治:著)」という本だったとあり、この本を近所の大学の図書館で閲覧すると、すごいことが書かれていた。

昆虫と気象 (気象ブックス) 単行本 - 2002/8 桐谷 圭治  (著)

1986年9月、種子島の沖11kmに浮かぶ無人島の馬毛島(周囲12km)でトノサマバッタの大発生が起こった。近海で操業していた漁師から報告を受け、著者は鹿児島県農業試験場の職員らと調査に赴く。そこで目にした集合性を獲得したバッタ(推定3,000万匹)の生態に、ひええ〜〜と読み進むと、その顛末がさらに恐ろしいことになっている。(p.11~21)

翌年もひきつづき大発生するかと思われたバッタが、1987年6月に調査をするとほぼ全滅。枯れたススキの先端で乾いて死体になったバッタが鈴なりになっていた。写真を見ると(p.19)、1本の茎に数個体が重なり合うようにしてつかまって死んでいる。

    「トノサマバッタに集団死亡をもたらしたこの病気は、エントモファガ・グリリという糸状菌(カビの一種)の病原体で、バッタや、コオロギ、イナゴなどの仲間100種から報告されている。しかしトノサマバッタでは初めてのケースであった。」(p.20)

今まで観察例がなかったトノサマバッタ対応のエン・グリ菌(長いので省略)は、どこにいたんだろう?もしかしてヒトが住み始めるよりも遠い過去にもこの島でトノサマバッタの大発生があり、当時の菌が休眠していたのか? 人間の目に触れないだけで、自然界では細ぼそと昆虫と菌の攻防があり、たまたま今回は大発生だったので目に付いたのか?

    「この菌に感染した個体は早朝にゆっくりと植物の上方に上り、茎を抱え込むようにして動かなくなり、夕方までには死ぬ。罹病虫のこの奇妙な行動は、糸状菌がその胞子を広くばらまくために、高所に上る行動を取らせているのだと考えられている。」(p.20)

糸状菌は湿度の高い日に活発になり、高温多湿の条件下で、健全虫に感染するらしい。

    「当時沖縄農試にいた長嶺将昭さんの話では、この病気のためサトウキビ畑に発生したセスジツチイナゴが、霧がかかったとき一夜で大量死することがあるそうだ。」(p.20)

虫について調べていると、やはり農業試験所が発表したデータは違うなあと思う。そもそもプロなんだから、アマチュアと一緒にしてもらっちゃあ困るとは思うけど。

で、当然、この菌を特定の昆虫の駆除に使えないかという話になる。様々なエン・グリ菌(長いので略)がいて、寄生対象も決まっている。ならいっそう使えるじゃんということなのだけれど、そうは問屋が卸さなくて、

・人工的に培養が難しい。
・昆虫の大量発生が高温乾燥時に起こるのに対し、病原菌の大量発生は高温多湿の条件で起こる。

人間がコントロールしようとしてもうまく行かないらしい。

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という話をすると、この菌はヒトには無害なのか?と聞かれた。特定の昆虫に対して特定のエン・グリ菌(省略)がいるということなので、エン・グリで死んだバッタを触ってもヒトには何も関係ないとは思うが、ヒトを対象としたエン・グリ菌(省略)のような菌がいないとは言えない。

同じ糸状菌にはおなじみの病気があって、代表的なのに水虫がある。もしかして人が突発的に銭湯や温泉に行きたくなるときは、足の水虫菌が仲間を増やそうとして公共施設の湿ったマットを踏ませようと宿主を操っているのかもしれない(*妄想です)。まだわかっていないだけで、人間の不可解な行動の原因が、ある種の菌によるものだったりするとおもしろいな。

水虫のように、ヒトにとって嫌だけれど生命の危機を感じるほどではない菌は、細々と人間と共生している。エイズのように宿主を致死させるウイルスは短期間で撲滅される。エン・グリ菌(この記事に限り勝手に省略)は外皮に接触するだけですぐ感染し、宿主の致死率99%という、昆虫にとっては劇的な恐ろしい菌。ある意味菌にとってもリスクが高い生き方な気がする。

<妄想注意>
もしかして古代エジプトでは、雨期になるとエン・グリ菌(省略)のような病気が流行っていて、この病気になると死体がミイラのように乾いてしまうことが、ミイラが作られるようになったきっかけだった、大変怖れられた病気だが徹底的に患者を隔離することで菌そのものは絶滅したとか。。。
</妄想注意>

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「昆虫と気象」には他にも興味深いことが多く書かれていた。この「気象ブックス」というシリーズもどれも読んでみたいタイトル。