キーボードのある景色 Scene 1
IkeShop Users Group Magazine MacTalk no.13 (1989.10.25)


文部省が平成2年度から5カ年計画で、小中高校の全校にパソコンを導入することを決めた。まあこれは「パソコンを買うぞ!」と思い立ったに過ぎず、案の定、「どのパソコンにしましょうかねぇ・・・」と文部省は迷っているところ。思惑はむろんたくさんあって、その中でも機種間の互換性がどうのこうのというのが表立った悩みであるらしい。いったい誰がこんなやっかいな言葉を文部省に吹き込んだのだろう。

「エー、大臣にご報告申し上げます。われわれ委員会が調査分析しましたところ、我が国のパソコンにおきまして、憂慮すべき事実が判明いたしました。それは、互換性、専門用語でコンパチビリティと呼ばれるものであります」

「何かね。そのコンパなんとかとは」

「はい。調査の結果、たとえばN社のパソコンで作ったプログラムはH社のパソコンでは動かないのです。S社もT社もO社もM社もみ〜んなだめでございます」

「もう少しわかりやすく説明したまえ」

「はい、つまり、T社の車を運転できてもH社の車が運転できないというのと同じ様なことであります」

「なに?!なぜそうゆうことがあるんだ。警察はなぜ取り締まらんのだ」

「いえ大臣。これは警視庁ではなく、通産省あたりが取り仕切る問題かと思われますが」

「何でもよい。もう、パソコンを導入すると新聞発表してしまったんだぞ。何かよい方法はないのか?」

「はい。T大の教授が推奨しております、トロンというパソコンがあります。これは互換性の統一を図り、車と同じように誰でも扱えるパソコンというものです。ただ、今回の計画に開発が間に合うかが心配されます。それに米商スーパー301条も少しもめております。無難な線といたしましては、国民にもっとも普及しておりますN社のパソコンを選定する方法がございます。実際には、事業用を含めますとI社のものも無視できないのですが、なにせこれは日本製ではありませんので」

「I社か、リ社のこともあるしアメリカのコンピュータメーカと付き合うのはやっかいだな。T大のメロンだかコロンだかは面白そうだが、スーパー301条では文部省の仕事ではないな。そう言えば内の若い者がラップトップというコンピュータが売れていると言っておったが、それじゃだめかね・・・」

てな、実りの無い会議を行なっているころ、巷では新聞が投稿欄で特集を組む。

・・・

そんなこんなの投稿合戦を読みながらモーニングショーを見ると、相変わらず幼女連続誘拐殺人事件の特集をやっている。

・・・

司会者「容疑者Mの自宅に鈴木レポーターが行っております。鈴木さんお願いします」

鈴木「はい。こちらMの自宅の前です。先ほど捜査官がMの部屋の捜索を行ないまして、ワープロのフロッピーと思われるものを段ボール箱で運び出しました。はっきりはわかりませんが、枚数にして約500枚はあったかと思われます」

司会者「鈴木さん、ワープロの何ですか?」

鈴木「フロッピーです。警察ではこのフロッピーに何らかの手がかりがあるものとにらんでいるようです」

司会者「どーもありがとうございました」

ゲストの脚本家S氏に向き直って、

司会者「わたしは機械に弱いんでよくわからないのですが、フロッピーてご存じですか?」

脚本家S氏「フロッピーとはワープロの文書を保管しておくカードのようなものです。でも500枚とはすごい量ですね。わたしもワープロを使っていますが、一般の人はせいぜい5、6枚、わたしなんか多いほうで20枚ぐらいですか。」

司会者「Mはなぜ500枚ものフロッピーをもっていたんでしょうね。フロッピーにいったい何が書かれているか興味がもたれますが、今、飯能警察署で緊急記者会見が行なわれている模様です。 斉藤記者を呼び出してみましょう。斉藤さん?」

斉藤記者「はい。こちら飯能警察署前です。現在も会見は続いておりますが、今までの内容をお伝えします。まず、問題のフロッピーですが、あれらはすべて特殊なフロッピーであり、飯能警察署が用意したすべてのワープロ、えーこれにはパソコンも含みますが、どのワープロで試しても読めない特別な暗号で書かれているということです。そこで、科学捜査班に分析を依頼したところ、アメリカ製のパソコンのものではないかということです。えー以上が会見の前半です。では後半を引き続き取材していました三浦記者と交代します」

三浦記者「では後半の会見の模様をお伝えします。問題のフロッピーですが、その後の調査の結果、えー、マッキントッシュとよばれるパソコンで使われるフロッピーであることが判明いたしました。また同時に、Mの部屋を捜索したところ、その、マッキントッシュというパソコンがあることが確認されたそうです。そして、そのパソコンについて書かれた専門書も押収され、その内容ですが、詳しいことは現段階ではわかっていないという前置きをした上で、バクダン、日本語の問題、文字化け、システムと相性が悪い、並行輸入といった注目すべき内容が含まれているということです。
また、犯行声明文で使用されていた特殊な文字から、犯人は専門的な印刷技術を身に付けた人間ではないかという見方がなされていましたが、Mの部屋から犯行声明文の作成に使ったと思われる特殊な印刷機が発見されたという情報も得ております。さらに、その印刷機で印刷した手紙も見つかっています。この手紙には文章中に意味不明の記号を羅列した文がところどころに含まれていたということです」

司会者「いやー、まだはっきりしたことは述べられませんが、Mが特殊な機械を使いこなすパソコンマニアであったことがわかってきました」

脚本家S氏「バクダンということですからテロリストの線、しかも暗号を使って外国の機械を使っているようですので、スパイ活動の線もありますね」

司会者「しかし、それらが連続幼女殺人とどう結びつくのでしょうか」

脚本家S氏「何かの事件に巻き込まれた。あるいは何かの実験を行なっていたのかもしれませんね」

司会者「おや、ここで何か重要な手がかりが発見されたという発表があったようです。飯能警察署の斉藤記者を呼び出してみましょう。斉藤さん?」

斉藤記者「はい。こちら飯能警察署前です。調査していましたフロッピーの中に、体を切り刻むというソフトが含まれていたことが発見されました。これはサージョンというアメリカ製のソフトでして、人体をメスで刺し殺すという大変リアルなソフトだということです。さらに、マックプレイメイトという、これまた大変リアルなアダルトソフトも見つかっています。これらのソフトは市販されているものですが、現在こういったソフトは事実上野放しの状態です。
また、シムシティというソフトも警察では重視しているようです。これは都市計画のシミュレーションを行うソフトで、東京を破壊するシミュレーションとして使われていた形跡があります。以上のように、警察では幼女殺害事件と絡めてその背後になんらかの組織が介在している可能性があるという方向で捜査を進めている模様です。そして、現在はその裏付けとなる会報や通信記録のようなものがないか捜査しているといった段階です。」

・・・

Mがアニメファンではなく、パソコンマニアだったらと考えると(マニアという呼び方も迷惑なものだが、会報を読んだり、それに投稿する人をマニアと世間では呼ぶわけだ)これはあながちはずれた話ではない。

ワープロとパソコンの区別がつかないレポーターが近所の主婦にマイクを向ける。

「そうですね。夜遅くまで起きている様でしたし、大きな荷物が届いたりしてましたね」

パソコン販売店にも出かけていく。テレビカメラに緊張しながら店長が答える。

「シムシティは確かに最近よく売れてますし、サージョンも話題を呼んだソフトです。買っていかれる方ですか?普通の方ばかりですけどね。お医者さんとか大学の先生もいらっしゃいますし、女性も最近は増えましたよ。ソフトの規制ですか?そういったものは特にありませんが、今後はどうでしょうかね」

モーニングショーも朝まで生テレビも黙ってはいない。新聞の投書の量も20倍になる。犯罪評論家、教育評論家がどのチャンネルにも登場し、微笑や女性自身までもがパソコンマニアの生態に迫る。もちろん文部大臣は、勇断をもって小中高校のパソコン導入を撤回する。

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