あなたは初心者とは呼べません
ぼくは初心者をサル扱いにする本が嫌いである。それは誰にでもわかりやすいということを強調するコピーであることはもちろんわかっているが、企画会議のジョークでなく、それを書籍の表紙に刷ってしまう感覚を疑う。

ぼくはこれまでに入門書と呼ばれる本を十数冊書いたが、読者がサルだと思ったことはもちろんない。むしろ、自分より多くのことに秀でている有能な人が読者であろうと思って書いている。だから、内容に手を抜けないし、自分が知り得ることは余さず書き留めておこうという気持ちになる。読者にすべてを見透かされるようで、いいかげんなことを書くと恥ずかしく思うのだ。

しかし、自分は初心者だと言ってぐずっている人を見ると腹立たしい。上級者に対し「初心を忘れず、初心に立ち返って」と言うが、マニュアルの日本語がおかしいだの、店員の態度が悪いだのと言っている入門者に限って初心を持ち合わせていない。いったい、パソコンを何だと思っているのだ。いや、何かを始めようとすること、新しいことを学ぶことを何だと思っているのだろう。

「初心を忘れず」という言葉は、物事を始めようとしたころの志を忘れるなという戒めである。ところが最近は、初心がなくても、パソコンを買ってしまえば初心者だと勘違いしている人が多すぎる。そして、自分に志もないのに初心者だと開き直って「パソコンは初心者に優しくない」「人間的じゃない」と大声を出す。

それは海外に行くのに、パスポートの取り方がわからない、空港までの道順がわからない、飛行機の乗り方がわからない、入国審査が恐い、現地の地図がない、言葉がわからない、・・・と旅行の計画を立てている段階でごちゃごちゃ言っている人と変わらない。

そういう人には言ってやるといい。「あんたはそこへ行きたいのか、行きたくないのか」。何が何でもそこへ行きたいのなら、人はどんな秘境へでも出かけていくのだ。

もちろん、使いにくいパソコンを少しでも使いやすくすることはメーカーの務めである。マニュアルは初心者にも上級者にも使い勝手のよいものにして欲しい。問い合わせの電話はすぐにつながって欲しいし、バグフィックスなども迅速に行なってもらいたい。しかしそのことと、あなたに志がないこととは関係がない。

自分は遊びではなく仕事でパソコンを使わなければならんのだというあなた。あなたには、それこそ自分の仕事への志が不足している。パソコンの活用が仕事に不可欠なことならば、何としてもやらなければならない。ロケットを飛ばせと言ってるわけではないのだから。

それにぼくは講習会などでよく言うのだけど、環境が未整備だったり修得が難しいソフトを必要とするビジネスはそれだけでチャンスである。誰でも簡単、お手軽ではビジネスにならないのだ。

とは言っても、すべては消費者のせいではない。初心のない初心者を量産しているのは、ほかならぬメーカーであるし、それを商売にしている出版社の責任でもある。メーカーも出版社もユーザーも毅然として欲しい。

「おかあちゃん。ボク、Jリーガーになるんだ!」
「おお、そおかい。応援するよ」
「ふぇ〜ん。もうサッカーなんてやだよ〜。だって、走ってばっかなんだもん」

さてこの子に必要なものは何か?それは根性ではなく、志である。

「あたしは育て方を間違ったかねえ。あんたもう二十歳だよねえ」


ASCII MacPower 1995.6月号掲載
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