いまさら指摘するまでもないのだけど、でも、いまさらながら思うのは、たとえばこの原稿である。今日は8月3日。そして、この原稿が本となって書店に並ぶのは9月18日である。一方、ほとんど毎日ぼくは自分のホームページを書き替えている。思ったことを走り書きのように書き留めて、即座にそのままネットで公開している。
これを比較すると月刊誌というメディアの速度は止まっているようにさえある。月刊誌には週刊誌や日刊紙と比較して編集期間を長くとれるという利点もあるが、その弊害も少なくない。月刊誌だから情報が1カ月遅れになると単純に理解している読者も少なくないと思うが、事実はもっと複雑だ。
月刊誌の原稿締め切りはほとんどが約1カ月前だ。したがって、締め切りから発売までの約1カ月間に確認できたことや変更された事実があっても、それを最新号に反映することができなくなる。つまりそれが情報が1カ月遅れになることだと思うかもしれないがそうではない。最新号には未確認情報や事実とは違った情報、つまり、間違いが掲載されることになることを忘れてはならない。これはその次の号で訂正すればよいということでは納まらない。
慎重な編集者はそういった誤りが起きないように不確定な要素の掲載を控えるが、これには限界がある。新製品は発売予定日をずらすかもしれないし、機能の大幅な見直しを行なうかも知れない。もちろん、賢明な読者にしてみればそういったことは折り込み済みで、仕方ないことと是認している人も少なくないのだろう。
しかし、ライターの立場からすると少し受け取り方が違ってくる。自分の書いた記事が間違っているとわかっていながら(書いた時点では正しかったのだが)、それが印刷されて書店に並んでしまう。これは屈辱だ。あるいは、「おれはこう思うぞ」と意気込んで書いた原稿が1カ月間凍結されている間に、日曜日の朝刊や深夜のテレビのコメンテイターが似たようなことを話している。これでは、1カ月後の自分の原稿は注目されるどころか他人の見聞でしかない。
でも、そんなことはまだいい。辛いのは自分のアイデアを更新したくなったとき、考えに変化があったときだ。
ライターではない人にはピンとこない感覚だろうからこう想定してもらいたい。あなたが誰かに手紙を書く。好きな人へ手紙でもいいし、嫌いな人への手紙でもいい。単なる挨拶じゃなくて、気持ちが入った手紙だ。でもその手紙は1カ月後まで封印されていて、相手が読むのはそれからだ。そんな手紙システムにあなたはどいうことが書けますか?2日後に届く手紙でさえ途中で取り戻したくなったり、相手に届く前に電話で訂正をしてしまうことがあるというのに。
月刊誌に原稿を書くと言うことは、こういう事情を了解した上でのことである。だから、1カ月後になっても普遍であろうことを書くか、1カ月後のことなんて(読むときには1カ月前のことだけど)知らないよと開き直るかである。
ライターはこのシステムを半ばあきらめて付き合っているのだけど、ネットワークで原稿を公開することができるようになると少し事情が違ってくる。書いた物を即座に公開できるというだけでなく、いつでも加筆修正できて、原稿差し替えも可能だ。さらに文字数という物理的な制限もはるかにゆるやかになる。
これはライターにとって魅力的である。読者にしてみれば同じ原稿の内容がころころ変わるのはいただけないのではと思う人がいるとしたらそれは違う。世の中は進み、人の考えは時間の経過とともに変化するのだから、書いてあることが変化するほうが正常なのだ。これならば月刊誌のタイムラグでは書けなかったことも積極的に書けるようになる。そもそも書物に「書き留める」ことをはばかっていたことを書くことができる。
だからと言って、ネットワークパブリッシングというものが一般化すれば月刊誌などの使命が尽きるとは考えていない。しかし、使命が変化することは否めないと思う。編集側、出版側がそうは思わなくても、まずライターはそれを意識してくる。すると読者もそれに気付くだろう。結局、雑誌は変わらざるを得ない。
ネットワークパブリッシングでは原稿には締切という概念が不要なのだ。それは株価の変動を示す掲示板と同じなのだ。その内容はずーっと変わらないかもしれないし、見ているそばからくるくる変わるかも知れない。たとえばこういうエッセイなどは、ネットワーク編集者はただ枠を作って、そこにライターを割り当てればよい。その枠内にいつ何を書こうがライターに任せてしまえばいいじゃないか。みんながせいので毎月そろって更新する必要性も必然性もない。
さて、ぼくはこの原稿を今からMacPower宛にメールで送る。そしてこの原稿は1カ月半の間はMacPowerのMacのディスクの中だ。ここで、もしぼくが自分のWebにこれをアップロードすれば、数分後つまり8月3日の午前8時には公開されることになる。でもしかたない。このメールはMacPower宛だ。ぼくはこうやって遺言を残すように毎月原稿に封印をする。