やさしい言葉にご用心
「皆様、この度はご搭乗まことに有難うございました。謹んでご案内申し上げます。本日の天候は晴れ、眼下には富士山麓が迫っております。おくつろぎのところ誠に恐縮ではございますが、ご着席のうえ、シートベルトを装着願います。なお、禁煙サインがつきました。しばらくの間お煙草をご遠慮くださるよう重ねてご案内いたします」

「スチュワーデスさんよお、なんだか揺れてんぞお。大丈夫かあ?」

「お急ぎのところ、重ねてご案内いたします。ご着席のうえ、安全姿勢をお取りください」

「どうなってんだああ〜うあああ。痛っ!」

「ですから、ご着席くださるよう重ねてえ〜うひゃあ」

先日テレビを見ていると、鈴木杏樹さんがドラマでスチューワーデスの役をやるからと言って、番組の宣伝を兼ねてスチューワーデスの1日体験入門っていうのをやっていた。その中で緊急時の訓練というのがあって、こういうときスチューワーデスはどう言うか。

「座りなさい!」

と命令するのである。日頃はにこやかに「ご着席ください」とか「ご案内いたします」とか言っているやさしいスチューワーデスから「座りなさい!」って言われるとビクッとする。従わないとエライことになると感じる。緊急時にスチューワーデスは命令口調になる。なるほどと感心した。やさしい言葉遣いが丁寧とは限らない。

先々号の5月号で特集してあったように、Macを使っているとさまざまなダイアログボックスと対面することになる。世の中には他人に注意されたり、指示されたりすると不機嫌を通り越して怒り出す人がなんと多いことか。まして機械に注意されるなんて!

だからというわけではないだろうが、Macのダイアログボックスはおしなべて当たりのやさしい口調で書いてある。でも、やさしい言葉で書いてあるから通じるというものではない。やさしい言葉だから読む側がぞんざいに対処してしまうことがある。かといって命令口調だと怒り出す。ここのところが難しい。

Macのダイアログボックスはすでにその目的を達成するには表情に乏しいのかもしれない。アプリケーションごとに工夫はあるけど、数個のアイコンで分類できるほどダイアログボックスの意図は少なくない。かといって、いたずらにアイコンの数を増やせばアイコンの意義が薄れてしまう。饒舌がいいか、寡黙がいいか。多感がいいか、クールがいいか。それともいっそダイアログボックスなんて表示されないのがよいシステムなのか。

ビデオアイコン、音声ダイアログ、それから操作例を示すインストラクターカーソル、・・・、これからのソフトのアイデアはこういう方向に向けられて、困っている風だと何気に現われてやさしい言葉で語りかけてくるようになるのだろう。

「あ〜もしもし、ちょっと通りかかったんですけどね。なんかお探しのようですけど?いや、別にお困りでなければいいんですけど。暇なんでついお節介を焼きまして。わたしの悪い癖なんです。お気に障ったらご勘弁を。すぐ消えます。」

なんてねえ。ダイアログボックスの機能をどう進化させていくか、これはけっこう重要なテーマ。ここんとこをちゃんと押さえていないと、今にパソコンだけじゃなくて、キャッシュディスペンサーはもちろん、VTRに電子レンジにエアコンにカーナビにと、あらゆるものがあなたにやさしく語りかけてくるようになるわけですよ。「お困りですか?」って。


ASCII MacPower 1995.7月号掲載
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