羽根ペンによる手書きから、パソコンのキーボードへ。技術の進歩とともに生きた著者の「手仕事」に関する考察。手作業にもそれを繰り返すうちに機械的な反復の要素が出てくる場合があるし、オートメーション化された作業にも紆余曲折や思考や技術の鍛練が要される場合がある。
blogも毎日少しずつ編んで行く所とか、ある程度までやり方が準備されている所、徐々に技術を習得して行く所、などが「手芸」の一種のようだと思うことがあります。大掛かりなサイトを構築して管理する男性的なメディアとは対称的じゃないでしょうか。
学生時代に読んだデリダの言葉で「物質の抵抗」というのがあります。作家が何かを表わそうとする時、そこには物質の抵抗がある。文筆家には紙とペンの、画家には絵の具と筆の。。。
私はAdobe Illustratorというソフトと出会った時、なんて知的なソフトなんだろうと思いました。。道具による制限がなく、頭で考えたことをそのまま再現してくれる。しかし逆に言えば、ツールによって引き起こされる偶然性にたよることはできません。すべての責任は操作する人間にあるのです。この厳しさがAdobe Illustratorを敬遠する人が多い理由だと思います。
物質の抵抗に遇って時間と労力を費やすのはいやだ、けどそれから自由になってゼロから何かを作るのもつらい。ある程度制限されたツールの方が心地よかったり、便利なツールを選択しながら、実はそのツールによる癖や偶然性にたよってしまう。そういうこともあると思います。