ごはんはまだか

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柳島にて。ごはんを届けてくれる人を待つネコたち。

いつだったか江ノ島を歩いていたら、ネコにエサを届けている人がいた。それを見ながら私の前を歩いていた若い男の子二人。「ああゆうのは自己満足だから」(男の子)。「ネコにとっちゃ死活問題だよ。(心の中で私)」

それは私の言葉ではなかった。数十年前、教育実習に行ったとき生徒が言った言葉。私は美術科だったんだけど、教科に関係なく4週間の期間中1回は「道徳」の授業もやらなければならなかった。ほんとにまいった、道徳。そういうのは学校で教えるものなんだろうか?教育学部付属中学校の3年生に。処世術とかならわかるけど。

ウソや建前は教えたくなかった。それで世間知らずの22歳だった私が真剣に考えていたことを教材にした。藤原新也の「全東洋街道」。日本では、施し=善だけど、インドでは救われるのは施す方であって、施す方と施される方は対等。自分が「いい事」と思っている事は本当に「いい事」なのか?自分は「いい人」なのか?そう思い込んでいいのか?

生徒たちはシーンとして、ポカーンとしていた。あーあ、先生やっちゃったなあ、と思っていたかもしれない。幼稚園から付属の子どもたちは実習生を採点するのに長けている。用意した教材を見て好奇心から見物に来た隣のクラスの先生も帰ってしまった。私の空回り。

そのとき一番前に座っていた男子、たしか江藤君が「先生!」と手を上げた。「え?はい」「えっとお、先生はさっきからなんかごちゃごちゃ言ってるけどお、貧しい人に必要なのはパンと水なんだぁ!」

(なにぃ?日本人ならパンより米だろが、と心の中で突っ込みながらも)わたしはびっくりした。自分から何か言った生徒がいたことに、それが江藤君だったことに。彼は非常に成績優秀だけど自分から発言することは全くない子だった。初めて声を聞いたよ。

あのときはホントにうれしかった。うれしそうな顔をしてたんだと思う。おもわず「ありがとう」と言うと、江藤君もニッコリした。江藤君以外の39人はおいてけぼり。そんな授業をしてしまって、放課後の反省会では非常に落ち込んだ。受験前の貴重な1時間を無駄にしてごめんね、みんな。