SEALDsってなんだ?

安保法が施行されて私のFacebookのタイムラインはそのトピックでいっぱい。SEALDsから発信される記事と、それを叩く記事と。


SEALDsと東アジア若者デモってなんだ! (イースト新書) 新書 - 2016/2/10 福島香織 (著) 愛国ってなんだ 民族・郷土・戦争 (PHP新書) 新書 - 2015/11/14 古谷 経衡 (著), 奥田 愛基(対談者) (その他)
福島香織さんがSEALDsの本を出したときいて、今さらながら読んでみようかと思って。でもこれあかんわ。最初から言い訳全開、後半の福島さんが元々書きたかったという部分も、さっぱり言いたいことが伝わってこない。福島さんの本のために全面協力したという古谷経衡さんの本も読んだ。うーん、この二冊はSEALDsへのタカリの印象。さらに50%以上が言い訳で構成されている。言い訳は言うのも聞くのもきらいなので、半分以上を読み飛ばしてしまう。


SEALDs 民主主義ってこれだ! 単行本(ソフトカバー) - 2015/10/21 SEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動) (編集) 
公式本を読んでみるか。ライブに行くと入り口でドサっと渡されるフライヤー(チラシ)の束って感じ。


民主主義ってなんだ? 単行本(ソフトカバー) - 2015/9/18 高橋 源一郎  (著, その他), SEALDs (著, その他)
SEALDs主要メンバー、奥田、牛田、もう一人+高橋源一郎の対談。ゼミの部屋で雑談してるような。デモという活動に関わることになって、学生も教授もこれまでの人生で経験したことがなかったぐらい猛勉強の日々らしい。この人たちの会話は読んでいて楽しい。こんな会話ができる友人や恩師や教え子がいるってほんと幸せな人たちやなあと思う。第二部は民主主義とは何かの講義にもなっている。

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クラブ、ヒッピホップ、コール&レスポンス、ジャマイカのサウンドシステム、古代ギリシャの民主政治、ニーチェ、いろんなものから彼らのスタイルは作られたのだなあ。彼らがコールの参考にしたという「不可思議/wonderboy」というアーティストをyoutubeで見て、この子はすごい才能だなと感心するも、彼は5年前に交通事故で亡くなっていた。遺されたライブの音源がyoutubeで話題になり今も人気が上がり続けているらしい。彼がライブハウスで自己紹介をするラップに「独特ですね〜独特ですね〜独特独特ってうるせえよ!これぜんぶパクリですから、〜をパクリ〜をパクリ」。。。と続くのがあるが、オバサン深くうなづいたよ、新しいと思われているスタイルも実は全部パクリなんだよ。それを最初から肯定していればウソや無理がない。

「いろいろな時代をサンプリングしながら今があるんだな(奥田)」そして彼ら自身がもっと若い世代にサンプリングされることも望んでいるらしい。今すぐに結果が出なくても、誰かが見ていて何かを感じその人の活動に繋がっていけば、バトンを渡せると。

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今は社会をなす3つの勢力、経済界、国家、市民のうち、経済界と国家が癒着して市民をないがしろにしている状態。グローバル化による格差を補填する役目をするはずの国家が、経済界のいいなりで(安保=日本も武器を売れるようにしろという要請)、特に格差の下の方の若い世代から、どう見てもバランスおかしいじゃねえかという意見が出てきて当然だと思う。

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2014年SEALDsの前身のSASPLが初デモをやる前に、SASPLの思想の根本を決定した日があった。「個人で自分の頭で考えて、判断して、自分の足でそこに来てる。集団としての意見はない、個人としての意見があるだけだ。だからもし聞きたいなら、一人一人に聞いてくれ」と決定した(モーリス・ブランショの「明かしえぬ共同体」)。西谷修の「自発的隷属を撃つ」というシンポジウムに行ったときそういう話をしていた。それをもとに話をしてみたらみんな同じことを考えていたことがわかった。だからスピーチではみんな最後に自分の名前を言う。個人の署名がある。恐れずに真実を語る(フーコーのバレーシア)(牛田)。

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反原発運動も昔の安保も、思想が絡んで失敗したらしい。反対運動が本来の目的からそれて何か別のものを実現するための口実というか飾りのようなものになってしまい多くの人の心が離れてしまった。運動を成功させるには、焦点を一つに絞ることが大事ということを「脱原子力社会の選択」という本で知った。

高橋源一郎のアドバイスは「個人の言葉が大事だよ」だったそうだ。高木仁三郎の言葉に「わが国は〜」で始まる言葉に警戒するようにというのがあった。個人の良心をベースにしていない人の言葉や判断には必ずウソがある。

SEALDsのメンバーは動員されてデモに来たのではない、各自勝手に来て、そこここらで初めて会った同士で話し合いをしているうちに、LINEでつながってゆるい組織になった。初めてのサウンドカーは、奥田君がコンビニでバイトしたお金で借りた。牛田君は「すぐに集まるな、みんなちゃんと勉強してから来い」みたいなことを叫んでいたらしい。第二部を読むと出てくる古代ギリシャのアテネの民主制に似てる。

日常の中で、政治について語る場がない。デモに来れば、個人が考えていることをスピーチとして語ることができる。「我々は平和を愛し」みたいな複数形でなく、「俺はムカついてて」みたいなのでいいので、個人が主体でもう一度人に民主主義を取り戻す感覚がある(奥田)

「言論を守れ」じゃなくて、「言論を使え」(奥田)

プラグマティズムを作ったジョン・デューイ。政治ではなく、教育から考える民主主義。民主主義とは何かを決める道具のように思われがちだが、民主主義は教育のシステムそのもので、道具ではなくその中で成長していくもの(高橋)

元々民主主義と立憲主義は対立するもの
民主主義はプロセスで完成することはない(高橋)
プロセスの向かう方向である立憲主義も大事(牛田)

現実には弱肉強食である社会を、人類は(過去や未来の人も含めて)平等と仮定した実験だった
弱者を排除したリアリズムの社会より、平等主義のユートピア社会の方が強かった
しかし民主主義は独裁制や衆愚政治に変わる危険さも持つ(高橋)

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今一般に言われている民主主義はヨーロッパが世界展開していった中で押し付けてきたもの。制度で技術として。しかしそれはヨーロッパ独自の価値を含む。僕らは民主主義を信仰している、それ以外のものを信仰している人々と、絶対に譲れない信仰同士の戦いになってしまう(カール・シュミット)(牛田)

民主主義をわかってない奴にわからせいようととなるとダメ。自分から見つけていかないと(奥田)

民主主義だから悪政をすぐに正せるというわけではない。民主主義でも独裁制でもメリット・デメリットはある。それでも考えた末にやっぱり民主主義の価値観やロゴスに賭けたいと思う(奥田)

自分たちの民主主義を海外に押し付けようとは思わない(奥田)ペリクレスは押し付けない。押し付けなくてもみんなが見習ってくれるって(高橋)指図されるのが嫌だったので勝手にやった、勝手にやったからには文句を言うのはダサい(奥田)信仰と信仰、譲れないものと譲れないものを、どうにかして対話の途上に持ち込むのを諦められない。むしろそれが政治だと思う(牛田)

民主主義は全員は当事者で主権者。民主主義とは何か?定義を問い直し続ける(奥田)民主主義とは何か考えるのではなくて、民主主義的なこと(話し合い)をやってみる。話し合いの中で自分と他人に変化があらわれ、共通の地平が少し見える時、民主主義を感じるんじゃないか(牛田)

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民主主義が政治形態というだけでなく、教育でもあるという考えは初めて知った。言葉やスタイルを人に押し付けるのではなく、体現して見せて、真似してくれるのを待つ。自分はこれがいいと思うけどどう思う?と問う、各自が自分から選択した結果を尊重する、それが教育で民主主義だという説。

私には子供がいないが、周りの親子を見ていると、子供は親の生き方・生活態度・興味のある分野を見てそれを真似ている。名門校や高額な塾や有名な先生のお稽古事に通わせても、結局親の態度を超えることはないように見える。他人の技術を学ぶのに費やす時間と、一緒に住んでいる大人と何気なく接している時間、こどもは前者より後者の方が10倍吸収している。だからたとえば、小さい子に習い事をさせる場合、まずは親が習って生活の中でその道を極める態度を見せる方が効果的なのではと思う。

子どもを徴兵されることが当然な世の中になったら嫌だなと思う。そんなことにならないために、まず大人が弱い他者にもフェアに接する態度を周りに見せることって大事だと思う。それには何がフェアか?大人は考え続けなくちゃならない。考え続ける態度も小さい人たちに見せる。それがずっと続く。。。


ぼくらの民主主義なんだぜ (朝日新書) 新書 - 2015/5/13 高橋源一郎  (著) 

原発事故直後から始まった新聞への連載4年分。連載なので、一つのテーマにつき数ページしかない。時間がない人は、p194~198「ぼくらの民主主義なんだぜ」この4ページだけ読めばいいと思う。この4ページ分について詳しく書かれたのが「民主主義ってなんだ?」になる。