福岡伸一、西田哲学を読む――生命をめぐる思索の旅 動的平衡と絶対矛盾的自己同一

福岡伸一、西田哲学を読む――生命をめぐる思索の旅 動的平衡と絶対矛盾的自己同一 単行本 - 2017/7/7 池田善昭  (著),‎ 福岡伸一 (著)

プロローグで、カズオイシグロと話したエピソードが出て来る。福岡伸一が考える「動的平衡」をカズオイシグロの小説のテーマである「記憶」に関して説明する。ヒトの細胞が新陳代謝によりすっかり入れ替わっても記憶だけは保たれるように見えるが、記憶も実は不安定なものであると。カズオイシグロは「記憶は死に対する部分的な勝利といえますね」と言ったそうだ。最近「忘れられた巨人」を読んだばかりなので、ふーんと思った。

わたしは西田幾太郎の本を読んだことは無いが、ダーウィニズムに相対する考え方の本をずっと読んできた気がする。それが西田幾太郎の哲学とどう関わるのかはわからない。福岡伸一が、西田の著書を福岡流に対訳してくれているページがあり、それは理解できた。共著者の池田善昭の年輪を使った理論モデルは全く理解できない。それは間違っているとさえ思う。そのページ以後、池田善昭の言葉は時間の無駄な気がして読み飛ばした。

環境と生物の逆環境を説明するなら他にいくらでもモデルがあると思う。丹沢から海まで海水を飲みに通うアオバト。アオバトが海まで飛んでこられるのはつながった緑地帯があるからだが(そういう環境がアオバトの生息を限定する)、アオバトが食べて排便した樹木の果実に含まれるタネによって緑地帯が維持される(アオバトが環境を限定する)など。

2011年3月の事故以来、原発に関する本を読みあさった。最初は手当たり次第、だがだんだん本のテーマは2つに分かれていった。一つは社会的な分野。エネルギー政策、地方自治、国際政治、外交などの分野を読んでいくと、占領・戦後処理の問題にたどりついた。

もう一つは科学技術に関する本、最終的には科学論というか、パラダイムについて考察する本にたどりついた。学生時代に、助手の先生と話していて私が「科学しか信じない」というと、「しかしその科学も言葉によって定義され語られる」と返されたのを思い出す。

最終的に社会学と科学論、両者とも人類学という分野につながる気がした。

プロローグに、福岡伸一が西田幾太郎に興味を持ったきっかけは、NHKの番組「日本人は何を考えてきたのか 第11回 近代を越えて〜西田幾多郎と京都学派」に参加したことだったとあった。その番組のテーマは、第二次世界大戦前夜における日本の代表的な哲学者たちの戦争責任についてだった。

日本人は何を考えてきたのか 昭和編 戦争の時代を生きる 単行本 - 2013/6/22 NHK取材班 (編集)

思いついたことをとりとめなく書くが

梅棹忠夫がエッセイで、自分の中に2種類の人間がいると述べていたのを思い出す。一人は外国へ出かけて狩猟をするようにサンプルを集めるのに没頭する自分。もう一人は書斎に籠もって収集物を分類することに熱中する自分。わたしも野外でいろいろなものを見ることを楽しみ写真を撮る(狩猟)ことと、写真や音声データをデータベース化する(分類)のに集中するときがある。どちらも楽しく苦しい、その時は時間を忘れる。

日本人はお稽古事などの修行をしている間、過剰な自意識を消すことができる。むしろ自分を消す為に習い事に熱中する。と、アメリカ軍の情報部に属する人類学者は分析した(菊と刀)。第二次世界大戦前に日本国内でアジアを占領支配する正当性を謳う宣伝に使うためアジアに特有の(いや日本だけだと思うけど)哲学を研究していた、ほぼ同時にアメリカ軍の情報部が占領目的で日本人のメンタルを分析していた、その内容に共通するものがあるって面白いな。

日本人の著書にダーウィニズムに批判的なものは多いと思う。それが西田哲学と関係あるのかどうかはわからない。けど風土的に、白黒はっきり、勝ち負けきっちりという価値観は持ちにくい感覚は自分にもすごくある。喧嘩両成敗とか大岡裁きとかいう言葉もあるし。

最近、スポーツ番組のポッドキャストを聞いていて、日本人のメンタルにはスポーツにおいてどんな手を使っても何が何でも勝つという厳しさが欠けていると、それはドーピングが少ないという事実とも関係しているが、近年そうとも言えなくなってきた、という言葉が耳に残った。自転車競技のファンならドーピングの闇をある程度は知っているが、多くの日本人は日本人選手ならクリーンでしょと思っていると思う。ていうか、スポーツの世界にドーピング文化が深くあることを知らない人が多いのでは。日本もそのうちドーピング大国になるんだろうか?

エピローグで福岡伸一が「つちはんみょう」を紹介してくれているのに感激した(わたしは「つちはんみょう」の著者とは何の縁も無いが)。
つちはんみょう 単行本 - 2016/4/13 舘野 鴻 (著, イラスト)