お金で買えないものはない
それは本当だけど
多くの人はそうは思いたくない
だから
そんなことはないと大人は言う
と、あるドイツ人が語るのを聞いた
i-morley: 「この世はポルノだ」 ルネ・ポレシュ第三弾インタビュー
そして
今わたしが住んでいる世界がいかに
お金で片が付く世界かと言うことを
実感した時のことを思い出した
1989年の暮れ
天安門事件の半年後
渡航禁止解除になってすぐ行ってみた中国の田舎
死ぬまでに一度は見たい山水画の世界
万が一体制に変化があると永遠に見れなくなるかもしれなかった
今はもうまるで変わっているかもしれない
もしかして全然昔のままかもしれない
当時はまだ人民服を来ている人がいた
わたしたち外国人はそこでは信じられないぐらいお金持ちだった
自分が死ぬほど働いたからではなくて
たまたま生れた国がお金もちの国だったというだけで
若くて未熟なのに大金を持っていることの恥ずかしさ
わたしは街にたった1軒の本屋に入った
まるで図書館のように静かだった
お客さんは手に取った本を立ったまま読んでいた ずっと
どの本も角がすり切れて丸くなっていた
わたしは農業暦と朱鷺に関する本と園芸の本を買った
そしてあとで気がついた
その本屋はみんなが立ち読みするための本屋だった
わたしが本を買ってしまったことで貴重な蔵書が失われたのでは?
現地の旅行社のガイドさんは少数民族出身の可愛い人
桂林の地方語、北京語、英語、フランス語、日本語を自由に話し
ユーモアのセンスも抜群だった
天安門事件があってから、観光客が来なくなったのでヒマだったそうだ
「香港から来た新聞を読んだけど
天安門事件は外国のメディアが作ったウソだと思う
本当はそんな事実はなかったと思う」と言った
それが彼女の本心だったかどうかはわからない
わたしたちだって、現場にいたわけではないのだし
新聞には書いてあったよね、でもほんとうのことはわからないよね
そういうことにして旅を続けた
ツアーメンバーの半分は高校の教師だった
歴史とか語学とか中国に縁のある年配の人たち
そのメンバーの一人が集合時刻に遅れて現われた
みんなは別に気にしていなかった
けどガイドさんは言った
「○○さん、みんな待っていましたよ、みんなに何と言いますか?」
その言葉に全員おもわず姿勢を正した
舗装されていない田舎道をバスで走っていると
急に止って動かなくなった
様子を見に行ったガイドさんが言うには
「前の車が牛をひいてしまいました
ぜったいそとに出ないで
牛の持ち主が石をぶつけるから」
!!!
「どうして?」
「だって大事な牛をヤラレタから家族がバスに復讐する」
!!!
しばらくしてバスは動き出した
道の傍らに目に涙をためた子牛がうずくまっていた
石を握りしめた人はいなかった
その夕方、空路で香港に戻る予定だった
空港でガイドさんにお世話になりましたとお礼を言うと
「みんなはこれから香港に行っておいしいものを食べられる
けどわたしは一生桂林から出られない」
と淋しそうな顔でつぶやいた
その瞬間はっとした
こんなに頭がよくて各国語を自由に操り
かわいくて気立てのいい人が
さっきまで親しくいろいろ話していた人が
柵から出られず
わたしは柵を越えて行く
いや知っていた
知識としては
でもその瞬間「本当に」知った
後ろ髪を引かれる思いで飛行機に乗った
そして香港に着いた
その暑くて毒々しいお金にまみれた空気の
なんとおいしかったこと!
わたしだけではなかったとおもう
バスのなかで香港のガイドさんが
みんな顔が明るいねー
桂林でなにかいいことあった?ときいたぐらい
いやいや、香港に戻ってこれてほっとしてるんですよ
ここは楽だー
なにもかもお金でカタがつく世界
ほしいものは他人のことなど気にせずに買えるし
言いたいことは言えるし
お客様という立場ならあれこれ命令されないし
失敗してもお金で償える
そしてどこでも好きな所に行ける
こここそ自分の居場所だ
自分は資本主義社会の人間だと
実感したのでした
楽な分、なくしたものもあるはずだけど