事故からもうすぐ4年。そもそもあれは何なんだ?という一歩引いた角度からの検証。福島原発1号機をゼネラル・エレクトリック社から買って設置してもらった当時の、日本の官僚と東電の副社長の二人にインタビューしている。
日本の人々の今の原発に対するきびしい感情と、当時のイメージはかなり違う。数十年間のあいだにかなり変わってしまった。そもそも事故を起こすはずがなかったのに、起こってしまった原因はどこにあるのかが、原発導入時の生き証人である、彼らによって語られる。
核エネルギーは、絶対的に良くも悪くもなく、扱う人や社会状況によって変わる。当然のことだが、忘れがちなことだと思う。
日本はこれから外国に原発を輸出しようとしているらしいが、輸出時は完璧と思える安全対策でも時の経過と共に状況は変わるということを想定しなくては、後で訴えられて巨額の賠償金を請求されるかもしれない。安全対策には費用がかかる。原発の輸出先の国が「安全対策のカネをケチる」経済状況にならないかどうか、相手を見極める必要があると思う。几帳面でお堅い、かつては大金持ちだった日本でさえこうなのだから、
「プルトニウムファイル」と同じく、そもそもあれは何か?を、一般人目線で地味に取材した本でもある。核について考えるなら、知らなくてはならないことが書かれている。
ーーーーー
国策レベルでは、いろいろあるだろうが、末端の現実はこうなんだということを、知っているのと知らないのでは、話し合おうにも無理があるだろうなという気持ちが、今わたしの心の中にある。世界中で起こっていることを知る必要はないのかもしれない。知ってしまったらこちらまで地獄になってしまうこともある。けれど。。。
放射線被害治療の先進国である日本の医療支援機関の一つは、チェルノブイリ(原発事故)で、イラク(劣化ウラン弾)で、治療を行ってきた。今シリア難民の援助も行っている。そういう活動をしている日本人もいるということが、イスラム社会において少しは日本人の印象をよくしていると思う。人質になっているジャーナリストを直接助けることはできないが、難民に援助をすることでイスラム圏全体に奉仕し、間接的に助けられないかと思う。(ハッサン中田方式)
というと自分はいい人のように思われるかもしれないが、ジャーナリストではない方の日本人が殺害されたことには何も感じない。あの人は仕方ないかもと思う自分の冷酷さにびっくりする。
荻上チキ・Session-22│2015年01月22日(木)渡部陽一「トルコ・シリア国境取材で見えてきた、4つのこと」Session袋とじ
↑渡部陽一さんのお話の大事なことは、最後の部分で語られます。今回渡部さんが現場に何をしに行ったのか、何を見てきたか。