6 11, 2011

人は放射線になぜ弱いか 第3版

人は放射線になぜ弱いか 第3版 (ブルーバックス) [新書] 近藤 宗平 (著)

胎内被曝(妊娠中に胎児が被曝)にはしきい値があり、原爆放射線の場合、20ラド(約200ミリシーベルト)以下なら無害。

「DNAに傷ができても、p53タンパク質分子が認識して、細胞の自爆スイッチを押してアポトーシス死に追い込む。こうして、胎児組織からは放射線の傷が完全に排除される」(p238)。

胎児の場合、あるレベルまでの放射線による損傷は、細胞が自分でリセットするので、障害児が生まれるのを恐れて中絶する必要はない、という話。

著者は「プルトニウムファイル」にも出てくる、あのオークリッジ国立研究所に留学していた。ああ、あそこか。。。

放射線と分子生物学の基礎を理解するにはいいかも。説明が丁寧で図が多くわかりやすい。

しかしどこか投げやりなところがある。

「チェルノブイリの汚染地区で奇形児の出産が多いのは、放射線の影響というよりは、アルコールによるもの。妊娠中のアルコール摂取による催奇性はよく知られている」

。。。え?それだけ?他のことは懇切丁寧に資料を示しているのに。

ベラルーシで子どもの甲状腺腫瘍が増えたのは、検診のしすぎ。「死体解剖をして甲状腺を調べると数個の腫瘍がみつかることがふつうであるといわれている、甲状腺腫瘍は悪性なものはまれである。したがって、がん検診が有害である場合の証拠がチェルノブイリ事故の調査の影の部分に存在すると思われる」(p248)

ええー???

本著には、文献や論文の引用はたくさんでてくるが、実際の患者に接した話は出てこない。自分でも、ずっと「象牙の塔」の中にいたと書いている。語り口調はやさしく思いやりにあふれているようだが、被曝した生身の人間を観察し、訴えに耳を貸した話は出てこない。

ホルミシス効果(ちょっとなら放射線を浴びてもかえって健康によい)はわからないでもない。体に少々のダメージを与えると、自然治癒力が反応して一時的に体調がよくなるという経験があるので。プロのスポーツ選手は、わざと負荷のかかるトレーニングをして、ダメージから回復するタイミングを試合の日に合わせることがある。わたしは久しぶりに山に登って全身が疲労した数日後40肩が治っていた。家人は初めてフルマラソンを走った翌日、長年の慢性の足の痛みが回復。風邪を引くと免疫が更新されて回復後はすっきりする。別に放射線によるダメージに限ったことではないと思う。そして大事なのは回復する期間があるということで、たとえば内部被曝によってずっとダメージ受けっぱなしではまずい。

この本が出版されたのは1998年。当時被曝といえば、原爆・核実験・チェルノブイリの爆発事故。放射線被曝=一時的に大量の外部被曝、という認識なんじゃないだろか。内部被曝については詳しく書かれていない。元々普通の人の体内にはカリウムがあるのに、少々放射性物質を摂取したからといって、気にすること無いのでは?ぐらい。イラクに行って白血病のこどもたちを見てほしい。

分子遺伝学について書かれていたけど、著者はネオダーウィニズム信奉者なのかな?生物は適応しながら選択的に進化する(負け犬は淘汰されて当然)という。池田清彦氏と対決させてみたい。

あと、最後に「21世紀の原子力エネルギー新政策と安全線量の自己管理」という節がある(p250)。これはまずい。せっかくここまでいい話に持ってきたのに、これですべてがオジャンだ。ああ、これが言いたかったのね。このために話を合わせたんでしょ、となる。そして、わたしはオークリッジだからな。。。と思ってしまう。

意図的にそうしたのではなく、時代の風潮がそうだったのだから、自然な流れかもしれない。科学といえどもそれを扱うヒトの意識、社会構造などの影響から完全にフリーになることはできない。

科学者の立場から社会的なメッセージを発するのはむずかしい。うまく説明できなくて唐突な印象を与えると、せっかくの研究全体が否定的に見られてしまう。その点、ゲイル博士の手練手管は上級。


この本はためになる。とてもわかった気にさせてくれる。ただ、他の本もセットで読んだほうがいい。
「内部被曝の脅威」肥田 舜太郎 (著)
「プルトニウムファイル」アイリーン ウェルサム (著) 渡辺 正 (翻訳)

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少々の放射線なら害はないので怖がる必要はない。というのは理解できる。問題は、少々とはどの程度か?今自分はどれぐらい被曝しているのか?わかりにくいことだ。高価で入手困難な機器がないとわからない。

BSEのように、感染しているかどうか確かめる手立てはなく、長い潜伏期間を経て発病したら秒読み開始、治療法はないという、ロシアンルーレットのような怖さがある。

食品添加物や放射性物質は、煙草やアルコールに比べて、自分が摂取した量がどれぐらいなのか個人で判断できないので、檻に閉じこめられたようなストレスを感じる。恐怖と言うよりは、自分で自分の身を守る自由を奪われた憎悪。下々の者よ、君たちの目に見えないけど怖れる必要はない、と放射性物質製造元(オークリッジ研究所)に言われると、かえって怒りが増幅する。そっちが作ってばらまいてんのに!

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