小さいおうち

小さいおうち [ハードカバー] 中島 京子 (著)

 話自体はなんということはないんだけど、スタイルが素晴らしい。話が終わりに近づくにつれ「誰に何を語らせるか」によって、この話の余韻が増す。遠い時代のおとぎ話のような物語が、ぐーっと読み手に近くなるというか。

 木々に覆われた小さな流れが入る水たまりがあり、そこから小さな滝が流れ出ている。読み手は梢の影の静かな水たまりを近くから見ている、水に浮かんでいる木の葉が滝の方へじわじわと移動し、もうじき速い流れに飲み込まれることを知っている、急流に翻弄される木の葉はちりじりになり大きな池へ流れ込む。容赦なく光の刺す広い水面に浮かぶ木の葉。そのとき、読み手はその池のこちら側の岸に立っていたことを思い出す。視点が急に高く移動し、広い水面と自分の影がつながっている。そんなリズムの小説。

 登場人物や時代をよく調べているし、構成も巧い。プロだなあ。(戦時下モノがない状況で、もしもあればどんなものを食べたいか想像するというゲームで、いろいろなお店のメニューが出てくるところで、バブルの頃に話題になった「何となくクリスタル」を思い出した。)